無為に吐く。 hazuuuuuii.exblog.jp

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徒然なるままに吐き出すブログ。文中の「仕事」はニートの僕が将来のためにする何かしらの「作業」のこと。


by 恥づい
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バカばっか


今日は毒を吐きます。



この前、某テレビ番組で某作家さんが「若い時は、迷ったら苦しい方を選べ」みたいなことを言っていた。

その番組はタレントが授業を受けるような形式のもので、作家さんは講師の立場として出ていた。

職業選択的な話だったのか、人生上の話なのか記憶が曖昧だけど、

俺は「アホか」と思った。

それを真に受けた若者が本当に苦しい方を選んで、結果取り返しのつかない病気にでもなったらどうするのだ。

責任など取れないだろうに、勝手なこと言ってらー( ´_ゝ`)

俺がそう言うと、隣にいた父が「これは人間性の話で、病気とかの話とは別。確かに甘やかされてきた人間は人間性が低い」と言った。

それに同意するように母も頷いた。




なんというか…………この二人は俺という失敗例を出しているくせに、何も反省していないんだなぁ…………と、ショックだった。

今となっては呆れている。



そもそも赤の他人が甘やかされてきたかどうかなんて、親父様になぜ分かるとwwwエスパーかよwww

仮に甘やかされてきたとして、それはその人だって被害者だろうに。

世間は甘やかされてきた人を目の敵にする傾向があるけれど、それは厳しく育てられた、十分な愛情を親からもらえなかった大人たちのひがみ、嫉妬なんだろうなぁ。

でも甘やかされてきた人間が苦しんでいないとは、俺は思えない。場合にもよるけど。




たぶん、そういう人は何か気を遣った発言をしたときに、やんわりと親に否定されたのだと思ってる。

「〇〇ちゃんはそんなこと気にしなくていいのよぉ」的な。

そして何か要望を言ったときには、喜んで叶えてもらえたのではなかろうか。

すると子供は喜んでまた要望を出す。親に喜んでもらえる方が嬉しいからだ。

それがその子の家庭内での処世術になり、それを外でも実行する。

当然うまくいかない。

そのうまくいかない苦しみと、親に気遣う自分を否定された苦しみに見舞われる。

小さい子供にとって親は神様のようなもの。否定されたことはトラウマになり、成長しても性格、染み付いた処世術を治せない。治すという発想もないかも。

結果、死ぬまで苦しむ。




人間性など自分でコントロールできないのがほとんどだ。運である。運命かもしれない。

苦しい方を選べば人間性が上がる?

そんなわけあるか!www

自分に愛情を注げない人間が、本当の意味で他人に優しくなど出来るわけがない。見返りを期待する優しさなどは、優しさではないのだ。

実際に苦しい時代を生きてきた高齢の方々を見てみろ。頑固者が多いだろうに。

親から正しく愛情をもらえず、かつ苦しい思いをしてきた人間は、自分の心を守るために頑固になる。

孫には優しいかもしれないけどね。




人間性というのは、一重に愛情の深さだ。

親に健全かつ十分な愛情❨無条件の愛❩を受けた子供は、人にも自分にも愛が深い。

そうでない子供は自己愛が低く、褒められたい欲求が大人になっても強く、そのために自ら苦しい方を選ぶ場合もある。

可哀想だ。

それをテレビでさも正しい事のように言ってほしくないし、親にもそれが正しいなんて思わないでほしいのだ。



苦しみが正しいだなんて、本当に神も仏も無いね。

バカばっかり。

今日はこの辺で。( ´_ゝ`)
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# by hazuuuuuii2525 | 2017-08-21 18:41 | Trackback | Comments(0)

人間やめた(*'ω'*)


この記事に書いてある事柄は、私の経験則から導き出した至極主観的な考えで、医学的な知識を一切含みません。なので、読む方は話半分でお楽しみください。



私は一般的な人生を諦めました。

一般的な人間になるのを諦めました。

あるいは、それよりも優れた人間になることを諦めました。

私は、喜怒哀楽を諦めたのです。
(正確には「諦めたい」のです)

それらはアトピーの餌になるものだと覚りました。

つまり痒みの原因になるのです。



喜び・楽しみを求める状態というのは興奮や緊張を伴います。

楽しみは、ものにもよりますが、快楽には興奮を伴います。

そして快楽を感じると脳はさらにそれを求め、それは更なる興奮&緊張となって表れます。

求めが叶わないと、今度は怒りや哀しみが涌きます。

怒りはそれ自体が興奮と緊張です。

哀しみは十分に泣けばリラックスもしますが、
内に抱え込むと体のどこかに凝りのような緊張として表れます。
(多くの人は無自覚ですが)

そういった興奮や緊張が痒みの元です。

興奮や緊張というのは、要はストレスです。

自分ではそう感じていなくても体にはストレスなのです。

私は喜怒哀楽を諦めることで、ストレスから離れたいのです。



欲求・快楽・興奮・緊張……それらと対極にある感情が安楽・安らぎです。

私は安らぎたいのです。

ではそれでアトピーが治るのかといえば、
それはまだまったく分かりません。

これまで安らぐ術も場所も持っていなかったので、
安らぎ方が分かりません。

いくつか見つけましたが、どうも慣れません。

アトピーとうつ病で、慣れる余裕も限られているようです。

たとえば

・人を褒める。またはそういう気持ちを持つ。

・他人も自分も批判しない。心を批判の無い状態にする。

・呼吸を意識する。できれば深くする。

・ツイッターを見る。またはひたすら文章を追う。

・タイピングする。スムーズならなお良い。



いまのところこのくらいである。

正直どれもある程度までで、本当はもっと心を落ち着けたいのに、
そこまでには至らない。

というか人を褒める気持ちとか、批判の無い心とか、
そんなの出来るときの方が珍しい。

瞑想するのがいいと思うのだけれど、やっぱりその余裕が心に無い。

それはたぶんニートだから、その焦りが心から抜けない。

でもうつ病と、アトピーの肉体的負担のせいで何も出来ない。

最近は暑いし、湿気うざいし、
余計に緊張・興奮が逆なでされている気がする。



でも、まぁいいや。

想うだけでいい。

最近はそういう結論によく至る。

どうせ体も心も制御できない。

したらしたでストレスを生み、痒みにつながる。

ただ想う。それだけ。

ただ呼吸する。ただ文字を追う。ただタイプする。それだけ。

褒められるときはただ褒め、そういう気持ちがあるときはただそのように想う。

心に批判があるときはただそれを認め、無い時はそのように想う。

ただ無常・無我が流れるままに想い耽る。

ん? 耽ってはいけないのか?

まぁいいや。よく分からない。



今日はここまで。(*'ω'*)

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# by hazuuuuuii2525 | 2017-07-01 18:21 | Trackback | Comments(0)

目からブリオッシュ


今日は酷かった。

というのは錯覚で、割といつもこのくらい、

と言う方が正しい。

だから今日を酷いとするならば、いつも酷いということだ。

何が酷かったかと言えば、

頭ではやりたいと思っていても出来ない感、である。

うつ病ではよくある体験だけれど、

今日はその 感 がすさまじかった。

やりたいことをやろうとすると、目の前に密度の高い空気の壁が現れて、

やろうとすればするほど密度と厚さが増す壁で、

もうその圧力で後ずさりすらしそうになる。っていう。。。

無理。この圧には勝てない。お手上げ。っていう。。。

なんでその壁が現れるのか何度も自問したが、答えは出なかった。

潜在意識に何かあるんだろうとは思うんだけれども。。。

でもその壁に負けたままでは酷く退屈なので、

「うつ病 退屈」でネット検索してみた。

そのなかに怠ける試みっていう文章があって、

「面倒くさい」って感覚に浸ればいいって書いてあった。

目から鱗だった。

え? 普通の人にとっては当たり前のことなのかなこれって?

俺は面倒な感覚ってずっと苦痛だと思っていたのだけれど、

あれ? もしかしたら違うのかな?

そのサイトには退屈になったら何かしてみればいい、みたいなことが書かれていたけれど、

その何かができなくて困っている俺は、もしかしたら退屈の感覚に浸ればいいのか?

そうやって、今も退屈な感覚に任せてこのブログを書いている。

あ、これでいいのかもしかして?

面倒だったら面倒な感覚に浸り、

退屈だったら退屈な感覚に浸ればいいのか?

明日もこの方法が通じるのか?

それは明日になってみないと分かりません。



今日はこれで終わり。(*'ω'*)

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# by hazuuuuuii2525 | 2017-06-20 19:20 | Trackback | Comments(0)

ダメだった。

コソコソしても何も出来なかった。

今日一日何も出来なかった。

いまさっき集中の方法についてネット検索してみて、

出来るやつは試してみたけれどダメだった。

そのなかに30分くらいで時間を区切るというものがあったから、

これは明日やってみようかな。

どうも集中することに恐怖を感じる。

コソコソしてやり始めても、集中したら無防備だ。

きっとそれが怖いんじゃないかと思う。



集中できる環境というものが、いまいち分からない。

よく子供の勉強は、子供部屋ではなくダイニングとかでやった方が集中できるという。

俺もダイニングとかリビングの方が安心感があるし、

逆に自分の部屋というのは、不安感がある。

一人だから不安なのか?

あるいはアトピーで、朝も夜も自室で痒がっているから、
そのへんが関係しているのかもしれない。

だからリビングでコソコソするのだが、
やっぱり無防備になるのが怖いのだ。

きっと、そこには母親という天敵がいるからだろう。

今日、彼女は仕事が朝だけだったし、明日は休みらしい。



母親が家にいる間は何も出来ないでは窮屈すぎる。

では、母親が家にいなければ集中できるだろうか?

いまは分からないから、あさって以降検証するとして(今までの経験では「出来ない」に一票

じゃあ明日や、母親が家にいるとき、どないするん??



こんなのムリゲーだ。

だって怖いもん。あの人は俺を傷つけるもん。

無論、実際は違うだろう。今は。

でも過去では傷つけてきた人なのだ。

それが体に染みついていて、何かに集中することを拒絶する。



うつ病にまでなったのだから、もう自分に厳しくしたくない。

何か楽な方法で、この問題が解決しないものだろうか。

このままではどこにも行かれない。(人生的な意味で

暇だ。

何にも集中できないから暇なのだ。



でも自分の部屋でも集中できないのは、やっぱりなんでなんだろう?

そこもこの家の一部、母親のテリトリーだから?

やっぱり痒い!という記憶からだろうか?

なんとか自分の部屋で仕事ができるように頑張ってみようか、、、



と、考えつつ、今日は終わり。(*'ω'*)

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# by hazuuuuuii2525 | 2017-06-17 21:26 | Trackback | Comments(0)

最近、ブログになに書こうかと考えるとき、

頭のなかでいろいろ文章を並べるのだけれど、

それだけで満足してしまって、結局書かないということになっている。

まぁそれでも全然問題はないのだけれど、今日は書こう。



……でも、なに書こう?

頭のなかでブログを書くだけでも、自分を客観的に見れて、いろいろ気づきがある。

ずっと、なにかを実行に移そうと思うとき、

目の前に見えない壁が現れて、何も出来ないということを繰り返してきた。

その壁の正体が、少し分かってきた。

もしかしたら全部分かったのかもしれない。

とりあえず今、最終的に理解したところだけを挙げれば、それは母親の目だ。

母親を通して見た世間の目でもあるかもしれない。

あるいは世間を通して見た母親の目かも。。。

なんであれ、
「バカにされたくない」
「否定されたくない」
「傷つけられたくない」
そういう自分の気持ちが隠れている。

世間に、ではなく、やはり母親に、だ。

これから自分が起こす行動を母親に否定的な目で見られたくないがために行動しない、

したくないのだ。

なるほどなぁ、と自分のことながら納得してしまう。

あの人はあまり物事を肯定的に見る人じゃない。

むしろ否定的だ。

それは子供に対してもそうで、子どもの好きなことをバカにし、

からかい、

あるいは否定して、

子供を委縮させるのだ。

そうした幼少期を経て育った末路が、俺だ。

だから好きなことをしようとすると、
「バカにされる!」
「否定される!」
そう無意識が反応していたのだ。

そしてうつ病……嫌いなことができる状態でもなくなったのだ。

結果、何も出来なくなりましたとさ。

なるほどなぁ。シミジミ



このトラウマは、理解したからって無くなってはくれなくて、

だからこのままだと今までとさして変わらないのだけれど、

でも、それならばコソコソ好きなことをすればいいのでは?

と、さっき思って、やってみたら出来た。

けっこう今はそれが嬉しいのだけど、

果たして明日も同じやり方で出来るのかどうか。。。



こっぱずかしい話、

ここまで母親がトラウマになる根底には、

母親が大好きであるとか、

母親を幸せにしたいとかいう想いが隠れているのだけれど、

今の俺の力で何が出来るわけでもないから、

いまはコソコソ何かが出来ればいいと思う。



母親を幸せにしたいと思うのは、

小さい子供時代では誰もが思っていたことなんだろうね。

親の愛が条件付きだった子供は、なおさらその想いが強いのでしょう。

そしてそれは大人になっても無意識下で働き続け、心に支障をきたすのだ。

どこかのサイトで言っていたけど、

子供は生まれた時点で、親を幸せにする使命を果たしているのだそうだよ。

その理屈で言えば、
「せっかく育ててやったのに」みたいな親の言葉は、
的外れもいいところだよね。

そもそも勝手に生んだのだから、責任もって育てるのは当たり前だというのに。。。

まぁ、俺は言われてないけど、無駄に罪悪感を押し付けないでほしいとは思います。



以上です。(*'ω'*)



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# by hazuuuuuii2525 | 2017-06-16 23:28 | Trackback | Comments(0)